
設計に関わらない施工責任の問題を捉えて見てみると、何十年もベテランと言われる強者揃いの職方達の経験者であれば、設計の手抜きや工事の手抜き、うっかりのミスなどについても一目で見抜ける技量はあるものの、しかしながら、下請けという意欲低下の中、手間暇かけてこだわりの技術で丁寧な仕事をしても手間賃は一緒なのです。
現場監督は現場の細かな諸問題に丁寧に関与するよりも、極力波風起きぬよう当たり所のない要領の良い対応をした方が評価されます。販売においては、とにかく売れば評価され、企画や設計する人も良い住宅というより売れる住宅を造る方が、やはり評価されるのです。そして構造設計においては、自信の誇りやモラルを高揚することなく、工期を短縮しできるだけコスト安く仕上げるのが評価の対象となり、仕事が多く依頼されるなど、各々の縦割り組織の中で住まう人の影形も見えない主客転倒の組織構造が出来上がっています。
個人の一人ひとりは悪気もない普通の人なのですが、一旦組織の歯車に入ってしまうと、資本主義経済の論理に陥ってしまい、リフォームでは施工規模にもよりますが、その大半が住みながらの工事であり、お客様のお顔を拝見しながら施工が進行します。
たとえ同じ工事を行っても、1件1件お客様の思い入れが違うはずですから、仕上がりの費用対効果も違って当然なのです。これらは優先順位が明確であればあるほど、顕著に表れます。建築は心が通うコミュニケーションから成り立つよう、職人にもマイスター制度の導入など、携わる人々全ての心意気が住宅の形となって建てられることを願います。 |